自分の人生満足度グラフを書きました。久しぶりに小さい頃のことを思い出しました。

今日は「金曜朝活」に参加しました。

今日のテーマは「人生満足度グラフを書いてみる」というものでした。

自分の人生を振り返りながら、自分の人生の満足度グラフを書いてみました。

   

僕の記憶が始まるのは3歳のころから

思いだしてみると

オヤジは喜怒哀楽が激しくて、怖かった思い出が多いです。

オカンはけっこう僕に厳しくて、

家は僕にとって休まるという場所ではなかったです。

  

僕は小さい頃はカラダが弱くて、よく風邪をひいていました。

どんくさかったので、よくこけて、けがをしたりしていました。

だからよく、親から怒られることが多くて

つらかった記憶があります。

特に小学校3年生までの記憶は「灰色」です。

 

小学校6年生までは大阪の寝屋川市というところに住んでいて

喧嘩もよくしましたが

3回に2回は負けてよく泣かされて帰ってきました。

小学校2年生のときは、当時はやっていた「めんこ」を近所のガキ大将に

取り上げられて、泣きながら帰ってきたら

オカンに「めんこを取り返すまで帰ってくるな!」と言われて

家に入れてもらえず、

泣きながらガキ大将の家に行き、

事情を説明して、めんこを返してもらった記憶があります。

   

小学校時代まではよくケガをしたので

とてもオカンに迷惑をかけました。

高いところから落ちて、その時に釘に顔面がひっかかり

アゴを8針縫う、大けがをしたり

大雨の日に自転車ごと、ドブ川に落ちて、全身打撲、全身スリ傷の大けがをしたり、

学校でストーブをひっくり返して、火傷したり、

今、思い返しても

どんくさいガキでした。

オカンは大変だったと思います。

   

でもオカンはドブ川に落ちて、全身打撲の擦り傷で、包帯をグルグル全身にまかれて、カッコ悪いから学校に行きたくない。という僕を

「そんなのは理由にならない!行ってこい!」と言われ

いやいや学校に行き、その日は傷口から菌が入ったのか

熱を出して、家にその日は早引きして帰ってこともありました。

   

そんな僕でしたが

小学校4年生のころの担任の土野先生という男の先生がとても明るい人で

いろいろ遊びに連れてってくれて、

とても楽しかった思い出があります。

クワガタを一緒に取りに、学校の裏山に先生と行ったのはとても幸せな思い出です。

  

家族で旅行に行っても

オヤジがよく切れて、機嫌が悪くなり、オカンもオヤジに逆切れして

険悪になることがけっこうな頻度であったので

ハラハラすることがよくありました。

   

オヤジは仕事に一生懸命打ち込む人で

自分の仕事に自信を持っている人でした。

だから自分の評価に納得いなかいときは

上司に食ってかかり、喧嘩して、会社を早引きして帰ってきたりしていました。

   

オカンもPTAの会長をしたり、人の上に立つことが好きな人でとても社交的で

芯のしっかりした人でした。

二人の個性が強すぎて、

家は僕にとってなかなか落ち着ける感はなかったです。

   

オヤジも銀行員でけっこう稼いでいたので、金銭的に不自由はありませんでしたし、オカンも料理は上手でおいしかったので、それはありがたく、幸せでした。

   

母親のお父さん。

僕のおじいちゃんはとても優しくて

小さい頃に二人で映画を見に行ったり、遊園地に連れて行ってくれたり

いつも、おじいちゃんはご機嫌で、楽しい、よく冗談を言う人だったので

それも幸せな時間でした。

    

そのような幸せな時間はありましたが

僕の小学校低学年のまでの時代の人生幸福度グラフは高くはないです。

   

記憶のスタートの時代がそんな感じでしたので

つらいことや理不尽なことには

比較的、耐えることができます。

  

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