小中学校とほとんど学校へ行けず不登校だったけど今は夢である漫画家になれた。棚園正一さん

本日は朝活ネットワーク名古屋を開催しました。

テーマ:諦めなければ夢は叶う!
~学校へ行けなかった毎日は今では僕の宝物だ~
進行役:棚園正一さん

棚園さんはご自身の不登校の体験を描いた


4年前に「学校へ行けない僕と9人の先生」(双葉社) を出版された名古屋・大須在住の

漫画家です。

「学校へ行けない僕と9人の先生」 は現在でも人気で重版されている作品です。

  

小学校1年生のとき、ある出来事がきっかけで学校へ行けなくなります。

不登校になった棚園さんの担任になった学校の先生と家庭教師の先生、塾の先生。漫画家の鳥山明先生を含めた9人の先生が登場します。

いろんな先生が、それぞれのスタンスで棚園さんと関わっていきます。

  

「学校へ行けない僕と9人の先生」 をスクリーンで紹介していただきながら

作者である棚園さんの想いを聴くことができる贅沢な時間でした。

   

学校へ行けず、家でNHK教育テレビを見たり、自分で勉強したり

寝ていたりしていた棚園さん。

体は休めていても、頭ではいろいろ考えていて、学校へ行きたい思いは常に持っていた。

学校へ行きたいけど、行けない。

焦り。

孤独感。

親への迷惑。

いろんなものを感じます。

    

9人の先生も

それぞれのアプローチで棚園さんに関わりますが

本当に棚園さんのことを考えて、つきあっているのか?については

子供時代の棚園さんの観察眼はするどく見抜いていきます。

損得勘定が少ない子供は、そういうところは敏感に見抜くことができるのかもしれません。

先生によってクラスの雰囲気は変わるし、生徒の態度も変わる。

先生の存在は子供たちにとって大きいですね。

   

学校へ行けない当時は学校へ行けないことで苦しんでいた棚園さんでしたが

今となっては良い経験と捉えることができています。

でもそのときは必死で出口をなかなか見いだせなかった。

中学生になったとき、塾の先生の尽力もあり

漫画家の鳥山明さんと会うことができた。

ドラゴンボールの大ファンだった棚園さんはとても嬉しかった。

そのとき、自分で考えた必殺の質問がありました。

「学校へ行けなくても、漫画家になれますか?」

答えは・・・

「いったほうが学校の話とか書けるから便利かもね。」

なんだそんなことか。

憧れの鳥山明さんに会えて、

「生きててよかった」と思うことができて

なんだかふっきれた。

   

漫画を描くことが好きだった。

  

不登校の話を漫画に描いたが

これは編集者から持ち掛けられた話であった。

出版したら予想以上の反響があった。

いろんな講演会や不登校の関係の集まりに呼ばれるようになった。

   

迷い続けて苦しんだ時代があったから今がある。

大切なのは考え続けること。

   

漫画家になった今も

自分からSNSで発信して

本を売る努力をしたり

考えて、うまく自分でプロモーションを組むことも必要。

  

答えがない中で継続する努力。

考え続けて行動する。

たくさんの作品の中で自分を見つけてもらう努力を続けていく。

   

棚園さんのお話を聴いて

苦しんだ過去は財産になる。

乗り越えた今思うと過去の経験は大したことはないが

その当時は必死。

周りを見る余裕はない。

ただ考え続けて、問題に向き合ってきたから今があるし、乗り越えることができた。

これはどの人の人生にも当てはまることだ。

 

棚園さん。

人生を歩むうえで

とてもチカラになる話をありがとうございます。

3月29日に棚園さんは新刊が発売予定です。

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